第2話


 何の因果か、我が家のテレビは竹中さん宅を生中継していた。
 本来なら迷惑な話だが、人恋しい今のわたしにはありがたい。
 しかし、どうもわたしを月からの使者と勘違いしているらしく、いちゃもんをつけられた。
「お前が迎えに来なかったせいで、私がどれだけ苦労したと思っている!!」
「人違いです」
「くっ、このままでは翁の思う壺だ!」
「人違いです」
「ともかく時間がない! 今すぐに何とかしろ!」
 会話をしてくれ。
 訂正しては見るものの、聞く耳を持たないのでこれについてもスルー。
 話を聞くに、彼女はあのかぐや姫のようで、求婚者たちに言い寄られて迷惑しているらしい。
家出すればすべて解決、かと思われたが、そうもいかない。
どうやらこの家は忍者屋敷顔負けの罠だらけの鉄壁の要塞らしく、翁以外は出るも入るも難しいようなのだ。
「仕方ないな……ちょっと待っててよ」
 数年前の記憶を掘り起こし、わたしは予言の書を発掘してきた。
「策でもあるのか」
「作戦はないけど、模範解答ならあるよ」
 まさか古文の教科書がこんな形で役に立つとは。
 物は大切にしておくものですよね。




 教科書どおりかぐや姫に無理難題を突き付けられて、求婚者たちはすごすごと魔女の城へと帰ってきた。
 魔女はハンカチーフを噛みちぎるほど怒り狂い、負け犬6人に当り散らした。
「ムキイイィ! 小娘相手に、なんというていたらくです!
 何がなんでもその宝物とやらを探し出していらっしゃい! 今すぐ!!」
「そ、そんなぁ〜」
「問答無用! いいですわねっ!?」
 鬼畜魔女の命令により、5人の男達の戦いが始まった。
 伝説への挑戦。
 辛酸と苦汁。
 肉体の悲鳴をきく。
 迫るタイムリミット。
 限界の果てに、男たちが見たものは、希望か、絶望か――。
 BGM、地上の星。




 カグヤに無茶振りをさせてから数時間後、ボロボロになった求婚者たちが竹中邸に押しかけた。
 原作では求婚者たちが無事に持って帰ってこれたのもまちまちだったというのに、まさか全員集めてくるとは。
 ガッツがあるってレベルじゃない。
 というか、人間じゃない。
「どういうことだ、お前! 話が違うぞ!!」
「本当に話が違うんだから、どうしようもないよ」
「使えん奴。 どう責任を取るつもりだ!?」
 えー、この世の中、ものごとが上手くいく方が少ないっていうのに、そんなこと言われても困るよ。

 正直に言わせてもらえば、久々の人類との遭遇ではしゃいでいた気持ちもさめた。
 カグヤに協力的な心境ではなくなってきていた。
 そもそも、彼女はかぐや姫。 適当に時間を稼いでおけばそのうち月から迎えが来るだろうし、どうせそのうち本命がくる。 帝は寝て待て。
 つーか、もう面倒くさい。飽きました。
「でもこの短時間にやってのけるってことは、向こうも本気だってことだよ。
 観念して結婚したらいいんじゃない?」
「断る!!
 お前もあのような輩がこの私に相応しいなどと抜かすつもりか?」
「まさかー」
「まったく、お前は私のプレイヤーだろう?
 少しは自覚を持ったらどうだ。恥ずかしい奴」
「プレイヤー?」
「そうだ。 とぼける暇があるのなら……」
 なんか、おかしい。
 ここでようやく違和感に気づいた。
「いいか、私の能力を上げるための存在がお前だ。
 一度会えば、間違いようがない。 今まで、ずっとお前に待たされていたのだ」
「プレイヤーって何?」
「知らないとは言わせぬぞ。
 黙って手を貸せ。 それがお前の存在理由なのだからな」
 いや、そんなことは知らん。
 ひっかかっているのは、カグヤが人違い何でもなく、最初からわたしを都合のいい道具とみなしていることだ。
 ありがたい経験により、わたしはいいように使われることに、人一倍敏感だ。 悲しいことに。
 かつては親友と言えたかもしれなかった幼馴染を思い出して、なんともいえない気分になった。
 ――ああ、この人もそうなのか。
 体の中に溜まっていた怒りは、わたしの何か大切だったはずのものを持ってどこかへ逃げていった。
 素晴らしきかな、等価交換の自己統制能力。
 え?プライド? そんなもんで何か得することあるの?
「どうした、聞いているのか?」
「うん、聞いてる」
「本当か? 何か含むものを感じたぞ。 陰鬱な。
 言いたいことがあるなら言えばいい!」
 平静を装っているものの、わたしは精神的にこの異常事態に疲れきっていた。
 そしてカグヤは出会ってからずっと言葉のボディブローの手を抜かない。
 どうせ拗れるだけなのだから、こちらとしてはサラっとかわしたい。
 しかしカグヤの苛立ちがこちらにまで伝わってきて、わたしまで腹が立ってきた。
「わたしだって、大変なんだから……あんまり疲れさせないで」
「どういう意味だ」
「良くわからないけど……。
 家族とか、知ってる人が事件に巻き込まれて、みんないなくなっちゃったの」
「置いていかれたのか。 ふん、寂しい奴だな」
 言ってくれる。
 腹が立つのを通り越して、泣きたくなってきた。
「はあ……あなた嫌い」
「なんだと!?」
「カグヤや、何をしているんだい?
 求婚者たちから金品をむしりとったと聞いたんじゃが」
 素晴らしいタイミングで翁が現れた。
「ほれ、こんなところに居らんで早く顔を見せて上げなさい。
 皆、お前を全裸で正座して待っとるぞ」
 カグヤは舌打ちしてそれに応えた。
「……いくぞ、ゆう。
 お前の浅知恵でも、今は惜しいからな」
 お供しますとも。
 どうせ、家から出れない暇人なのだから。

「おっとその前にお前に会わせたい人がいるんじゃ。 ちょいとこちらへ来ておくれ」
 そう言って翁がカグヤを案内した部屋は、もちろん和室だ。
 しかしそこには、まるでダンスパーティーの途中でここに迷い込んだようなドレスを着た女性が立っていた。
 手鏡を持っているところを見ると、今の今まで身嗜みを整えていたのかもしれない。
 貴婦人だ、貴婦人がおる。
 ミスマッチも甚だしい。
 なぜ日本で最古の長編文学の世界に、中世ヨーロッパ風貴婦人がいるんだ。
 これが本当に竹取物語なのかも怪しくなってきた。
「誰だ?」
 カグヤの疑問も最もである。
 竹取の翁は貴婦人の横に並ぶと、不自然に咳ばらいをした。
「明日からお前の母になる人じゃ。 どうじゃ、美人じゃろ?」
 まさかの継母。
「まっ、嫌ですわ、竹中様ったら! ホーホホホ!」
 紹介された女性は黒く塗りつぶすように縁取られた目元を緩ませた。
 小悪魔メイクというより、悪魔メイクだ。
「どういうこと? 竹取のおばあさんは?」
「嫗は山に洗濯に行ったきり、帰らぬ人となった」
 なに、その設定。 重っ。
「お初にお目にかかりますわねぇ。
 結婚相手にお悩みだと聞いて、飛んで参りましたわ」
 彼女はレースがふんだんに使われた扇で口元を隠して笑う。
 服やら化粧やら全体的に黒いせいで、やけに魔女っぽい。
「あたくしはシシルーと申します。 隣の城に住んでおりますの。
 貴方がカグヤですわね? 竹中様からお話は伺っておりますわ」
「いかにも、私が竹中カグヤだ。
 お前が翁の新しい妻か。 私に何の用だ?」
「いやですわ、水臭い。 もう貴方はあたくしの娘も同然ですもの、幸せになって頂きたいのです。
 そのために、協力は惜しみませんわ」
 要するに、今回の婿選びに一枚噛んでいるということらしい。
 カグヤは眉を寄せてみせた。
「何を言いたいのか、分かりかねるが?」
「まあまあまあ、カグヤ。 ホレ、そういうことじゃよ。
 折角のご好意じゃ……ちゃんとお礼をせんかい」
 カグヤは沈黙した。
 恐ろしい……。 外堀から埋めにかかられている。 えげつない。
 さすが、ワガママかぐや姫に一目置かれる男。
 普通は継母レベルの敏感な人物を引きずってこられた時点で、心が折れている。

「カぁグヤああぁー!!」
 カグヤが翁に文句を言う前に、庭から野太い男たちの声が聞こえた。
 顔を見なくても分かる。
 無理難題を押し付けられた上に今の今まで放置されていた男たちだ。
 カグヤの整った顔があからさまに引き攣った。 引きつっても美しいとはどういうことだ。
「おい、ゆう、なんとかしろ!!」
「ええー、知らないよ……失敗しても、文句言わないでよ」
 面倒くさいけど、ここで見捨てたら、後で恨まれそうだ。

 なんやかんやで、求婚者たちはようやく庭から部屋の中へ招かれた。
 それぞれ手に入れた宝物を見せびらかすように置いている。
 しかし、絶対持ってこれないだろうとふんで話を持ち掛けたので、実物を持ってこられても、本物か贋作かなど見分けがつかない。
「困った……。
 火鼠の衣は燃やせば本物かどうかなんてすぐ分かるからいいけど、他の4つが……」
 火鼠の衣を持ってきてくれたトカゲ顔の男は衣を後ろに隠した。
 いくら結婚ができる材料とはいえ、命がけでとってきたものとあれば愛着もわくだろう。
「何とかしろ! 今すぐにだ!」
「ちょっとは考えるの手伝ってよー」
 少しは自分で考えてくれ。
 そろそろ本気で面倒になってきた。

「オホホホホ! そういうことでしたら、この鏡にお任せくださいませ!」
 鏡を後生大切そうに持っていたのは、第一印象を気にかけていたからではないらしい。
 どうやら童話でよくあるタイプの便利グッズのようだ。
 シシルーが鏡面をわたしたちの方へ向ける。
「鏡よ、カグヤのために働きなさい!」
「キャアアア――!!」
 鏡からいきなり悲鳴が上がった。 どういう仕様なんだ。
「な、なんじゃあ!?」
「どうしたんですの、一体!?」
「本物だー! モノホンのカグヤじゃーん!
 やばいいぃ超綺麗!髪チョー綺麗!ヤバイぶほあっ!」
 黄色い悲鳴だった。
 シシルーはコントのようにずっこける。
 それによって鏡面から見える方向が変わり、こちらに鏡が向いた。
「ちょっ、ちょっとちょっとちょっと!
 そこのよく分からない感じのお嬢さんもイイカンジじゃなーい!? ポニテじゃなーい!?」
「え、わたし?」
 よく分からないとはどういうことだ。
 そういえば、向こうからわたしはどう見えているのだろう。
 とりあえず、姿勢を正しておく。
「そーう、君だよ、君ぃ! 見せて君のポニテもっと見せて!
 さらけ出して、さあ! ガシャーン!!」
 ハンマーをたたき付けられた鏡は木っ端みじん、枠だけの姿をさらけ出した。
 盛大に割られていたというのに、鏡はあっというまに元通りになった。
 学習能力がないことも頷けるタフさだ。
 やはり慣れているのか、それともカグヤに会えてうれしいのか、さっき体がバラバラになったとは思えないほどの上機嫌である。
「至高の黒髪ポニーテール予備軍が二人も!! 女王様、ばんざーい!」
「ウォッホン、こほん。
 この鏡はたいていのことは知っておりますの。 目利きくらいは出来ましょう」
 なるほどとカグヤは頷いた。
「それならば、この鏡に目利きを頼むことにしよう」
「エッ」
 まさかのGOサインに驚いて、思わず声が裏返ってしまった。
「ちょっと、カグヤ……いいの?」
「いいとは、どういう意味だ?
 鬱陶しい、はっきりしろ!」
 ポテトチップスを目に突き刺したいと思いました。(報告)

 そして不安は現実となる。
 鏡は求婚者たちの持ってきた品を鏡面に映し、「こんなに杜撰で大丈夫なのか」と思うようなスピードで鑑定結果を出した。
 ……というか、実際にカグヤはそう口に出していた。
「ここにある宝物は、全部本物でぃーす!」
 いよっしゃあ、と野太い声が上がり、求婚者たちはハイタッチで勝利の喜びを分かち合う。
 貴方たち敵同士ですよね?
 竹取の翁も上機嫌。
 酒じゃ、酒をもってこーい、とでも言い出しそうな雰囲気である。
「いやあ、めでたいわい」
「何がめでたいものか! ゆう、これをどうしてくれる!?
 あれ全員と結婚しろというのか!?」
「せめて一人に絞りたいよね」
「そこではない! 私は結婚自体が嫌だと言っているんだ!」
「そうだねぇ……でも相手が一人くらいなら、適当に理由付けて断れるかもしれないじゃない。
 とりあえず一番相性がいい人を選んだとでも言って、一人にしぼったらいいんじゃないかな」
「……そうだな、あの五人を相手にするくらいなら……」
「そうそう、そうしよ」
 適当なことを言っていたら、なんだかこうなった。
「よし、よく聞け、お前ら」
 カグヤは求婚者たちの視線を集めた。
「ゆう、お前が説明しろ」
「マジっすか」
 もう反抗する気力もない。
「すみませんけど、5人全員が宝物を持ってくることは想定外の事態なんですよー。
 なので、この中からカグヤに相応しい人を一人だけ選んで……そうだな、婚約者ってことにする?」
「そういうことだな」
 求婚者たちは動揺した。
 倍率はいきなり5倍である。

「おい、そこの鏡」
 カグヤはシシルーに抱えられた鏡に話しかけた。
「はぁーい、はいはいはい!」
 さすがカグヤのファン、飛び跳ねるような調子で返事が返ってくる。
「ぬぁんですかぁ〜!
 もうっ、なんなりと!言っちゃって!」
「この中で一番私に相応しい者を決めろ」
「えー!?」
 叫んだのはわたしである。
 なんでそうなるんだ。
 さっきの胡散臭いジャッジから察するに、あの鏡は継母サイドだ。
 そこが厄介ではあるが、確かに敵の数を減らせる尤もな口実にはなる。
 もし、その後うっかり結婚することになるとしても、五股ゴールインという最悪の事態は免れるが……いったい何を考えているのか。 全然わからん。 意味わかんない。
 もしかして、カグヤって……バ…………。

「なるほど、それは理にかなっておるのう」
「ええ、さすがは竹中様の愛娘。 名案ですわ!」
「これでようやく嫁ぎ先が決まるわい。 ここまで長かったのう……」
 翁は感慨深げに頷いた。

(勝った!!)
 シシルーは確信した。
 カグヤに横柄に鏡を要求されるものの、彼女はいそいそとカグヤに鏡を手渡す。
 既に頭の中も未来も薔薇色である。
(何をたくらんでるかは知りませんが、相手を選んでもらえばこっちのもの!
 逢引と称して家の外におびき出して、竹中様の目の届かないところまで行けば……。
 フフ、今のうちに精々粋がっているといいですわ!)
「ほーっほほほほほほほ!」
 勝利の高笑いは魔女の内心など知る由もない求婚者たちは、絶好調の主を見てぎょっとした。
「ヒッ!」
「うわっ、いきなり笑い出した! こわっ!」
「ちょっと! 誰です、今言ったのは!?」
「ドブネズ麻呂くんです」
「おまっ、ばらすな」

 シシルーが求婚者Dに掴みかかっている時、わたしたちも揉めていた。
「なんで鏡に決めさせるの? 自分で決めればいいじゃない」
「あの鏡は何でも知っているのだろう? ならば適任ではないか」
 何故それでいけると思った。
「本当に一番ぴったりな人を選んでどうすんの!
 そりゃ、誰でもいいことは確かだよ。
 でも、せめて断りそうな人を選ぶとか、有利な基準はいくらでも……」
「なんだ、私に文句でもあるというのか!?」
「ああ、もういいわ。 なんでも」
「なんだ、言いたいことがあるなら言え!」
「ではでは発表するよーん!」
 不毛な口喧嘩をしている間に、鏡の心は決まったらしい。
 騒がしかった室内が一瞬で静まり返った。
「それでは聴いてくれ……僕の、ジャッジ……!」
「いいから早く発表しろ!」
「カグヤの頼みとあらば、まっかせちょくり!
 ええと、この中で一番カグヤと相性のいい人は〜……君だ! ぱんぱかぱーん」
 君だ、とは言っても、鏡なので当然人を指差す指はない。
どうやら鏡に該当者が映し出されているようだ。 しかしカグヤが被って見えない。

「……ゆう?」

「はい?」
 あれ、皆さん、どうしてこっちを見てるんですか……?


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