鏡にはわたしの姿が映っていた。
ははは、実に面白い冗談だ。
「いやいやいやいや、なんでわたし?
鏡の基準がまったく分からないんですけど……」
っていうか、なんでわたしまで当然のようにリストアップされてるの?
無差別すぎるんだけど。
「お待ちなさい、鏡! いったい、何がどうなっておりますの!?」
「そんなの、この中で一番カグヤと相性がいいからに決まってんじゃあーん」
「そんなわけないでしょう!?」
「ふむ、困ったのう……」
顎の髭を撫でながら竹取の翁はゆっくりとため息をついた。 妙に怖い。
「これでは孫の顔が……のう?」
「そっ、その通りですわ! これは何かの間違いです!
素敵な殿方がここに5人も居りますのよ!? 撤回して、今すぐやり直しなさい!」
「もー、クレーマーって怖いよねぇ。 間違いないってば。
カボチャ男とトカゲ顔、ネズミ男複数に、ゆうでしょ?
それに竹取のお爺さんと、女王様。 ホラッ、ゆうが一番!」
「あたくしも入ってたんかい!!」
手当たり次第である。
拡大解釈にもほどがあるだろ。
気づけばカグヤがこちらを凝視していた。
胸の辺りがちくちくするほどのガン見である。 視線が痛い。
何だろう、この気持ち。 まるで盛り上がってる仲が良いわけでもない友達グループのパーティに、だだをこねて無理やり参加したような居心地の悪さは……。
……み、見るな! わたしをそんな目でみるな!
「……お前が、そうなのか?」
「いや、わたしに聞かれても……」
お問い合わせは、鏡までお願いします。
微妙な空気を振り払うようにシシルーは拍手を打つように手を叩いた。
「と、ともかく!
そんなガラスの中に入った小娘が相手では、結ばれるわけがありませんわ!
無効です、無効!! ……貴方たちもそう思うでしょう!?」
突然話を振られた求婚者たちは、シシルーの顔を見るなり、もの凄い勢いで頷いて見せた。
何故か顔色が悪い。
予想外の事態と先ほどのトレジャーハントで体力も限界といったところだろうか。
竹取の翁もシシルーの意見に頷いた。
「そうじゃのう。
相手が女子では……いくらなんでも、これは無しじゃろう。
それに翁としても、早く孫の顔が見たいし」
最後のが本音だな。
「翁は、口を開けば孫、孫と! そればかりだな!
大体、ゆうが女で何の問題がある!? 私は男だ!!」
大勢に無勢。
数で不利なカグヤは翁の発言に食いついた。 必死である。
「カグヤ……いくら結婚が嫌でも、バレバレの嘘つくのは、ちょっと……」
「なっ!?」
カグヤは今までの中で一番衝撃を受けたような情けない顔でこちらを見た。
何故いけると思ったんだ。
「がーっはっはっは!
さすがに呆れちまうよ、爺さん! とうとうボケちまったのかい!?」
庭の竹林から豪快な笑い声と共に誰かが現れた。
かすれたパワフルな低音ボイス故に、男かと思ったが、どうみても女性だ。
あのムキムキはただの胸筋ではない。 女性のバストだ。
「……ばっ、婆さん!!」
「嫗(おうな)!」
「え、お婆さん? って、亡くなったんじゃ……」
カグヤと翁は彼女を見るなり血相を変えた。
嫗はずっしずっしと地面を踏みしめるように二人のほうへと歩み寄った。
「おうおう、カグヤ!
久しぶりだぁ、一層美人なった!」
カグヤの肩を脱臼する勢いで叩き、嫗は豪快に笑った。
「痛っ! 痛っ!! 取れる!」
「がはははは、大げさな!
爺さんは老けたねぇー! ますますジジイになってらぁ! がっはっは!」
アマゾネスのような狩人の格好をした筋肉ムキムキのお婆さん。
字面だけではかなりアレだが、妙に若々しくて、板についている。 格好良い。
しかしここの世界観はどうなっているんだ。
「本当に婆さんかい! 今までどうしとったんじゃ!?」
「やあ、帰るのが遅くなって悪かったな。
川から流れてきた桃を追いかけていたら、一年経っちまってたぜ! だっはっはっは!」
ほ、本当に帰らぬ人になっていただけなんだ……。
なんともハンタースピリッツ溢れるお婆さんだ。 いや、そういう次元でもないか。
あまりにも常識はずれなエピソードに、再会早々翁たちは夫婦喧嘩を始めた。
「だーかーら、嵐の日に洗濯は無茶じゃといったんじゃい!」
「なぁに言うか! 川での洗濯ほど素晴らしいエクストリームスポーツはねえ!
どんな状況だろうと婆は洗い遂げてみせる!
他のどの家事を侍従に任せようと、これだけは譲れねぇ!」
「だから毎日腕の重りを増やすのはやめておけとゆっとるのに、婆さんはもー!」
たくましい、たくましすぎる……。 少年漫画の体の鍛え方だよ。
「たっ、竹中様! これはどういうことなんですの!?」
呆けて灰になっていたシシルーはようやく事態を飲み込み、竹取の翁へ詰め寄った。
明日翁と夫婦になるはずだった彼女にとっては最悪の事態だ。
「あたくしと夫婦の約束はどうなるんですの!? はっきりして下さい、竹中様ぁ!」
「あ、スマンのう。 なかったってことにしてちょ」
「な、な、なあああ……あぁ!?」
「斬新な悲鳴だね、女王様」
「黙れ!!」
シシルー渾身の一撃で鏡は真っ二つに折れて、片割れは遠くに飛んでいった。
「ぎゃあああああああ!! さよなら僕ー!」
翁があっさり彼女を振ったおかげで、わたしは爺をめぐっての女の泥沼試合を見ずに済んだ。
シュールな絵を見ずに済んだことについては、純粋に喜んでおこう。
一方、カグヤと嫗は感動の再会を続けていた。
カグヤの目元には涙が浮かんでいた。
美人はどんな表情もえらく絵になる。 腹立つ。
「嫗……よく、無事で……」
「おいおい、男の子が泣くんじゃない。
そんな風だから爺さんに勘違いされるんだぜ」
「泣くものか! 私はもう大人なんだからな!」
「婆さんまで何を言っておるんじゃ?
カグヤが男のはずないじゃろう」
その会話を取り込み中だったはずの翁は耳聡く拾っていた。
こういっては何だが、もうちょっとシシルーにかまってやれ。
鏡に突っ込みを入れてからぴくりとも動かないぞ。 怖いぞ。
「あー……」
急にちらちらと辺りを気にし始めた嫗はわたしと目が合うと、こっそりウインクしてみせた。
「……がっはっは、爺さんはまだ勘違いしてたんだなぁ!
面白かったから爺さんの誕生日にでもドッキリを兼ねて訂正してやろうと思ってたんだが、桃追いかけてたせいでしそびれたんだ」
どんな言い訳だ。
「確かに綺麗な顔をしているけど、信じられないことにカグヤは男なんだよ。
風呂やオムツの世話をした嫗が言うんだから、間違いねー!」
「な、なんじゃそりゃあああ!?」
ジジイ絶叫。
血圧が上がって倒れなければいいが。
「だ……だって、だって……
カグヤの産んだ子なら世界で1番可愛い孫になるに違いないじゃないか……
だから、カグヤが女子でないはずがないんじゃあ!!」
その理屈はおかしい。
「がっはっはっは!
まったく、これだけ一緒に暮らしておいて、何で気づかないんだよ。
婆は、嬉しいんだか悲しいんだか!」
嫗はカグヤの味方らしい。
恐らくカグヤが自分女説を説いたあたりから話を聴いていたため、それに乗っかることにしたようだ。
なるほど、それならこれに便乗しない手はない。
「そうそう、皆なんで気づかないんだろー、こんなに……えーと……。
美じ……じゃなくて、かっこよくて……わー素敵ー。 惚れるー」
具体的なコメントは避けてみる。
わたしの口が流暢に話すことを拒んだためにかなりの棒読みだったが、まあこんなもんだろう。
「ゆう……お前、そんなに私のことを……」
なんだか頬を染めてもじもじしているカグヤ。
こんなおざなりなヨイショで照れられても困る。
「やあ、あてられちまうねぇ。
そうだ、せっかくだから二人で婚前旅行にでも行ってくるといい。
外はいいぜ! 特に川の洗濯がおすすめだ!!」
「じゃあ、お言葉に甘えて、そうさせていただこうかなー」
永遠に婚前のままですすみませーん。
「こんぜんりょこう? 何だ、それは?」
「今なら家から脱出できるってことだよ。
ややこしいことになる前に、さっさと行こう」
未だに事態を飲み込めていないらしいカグヤに、小さな声で発破をかけた。
「本当か!?
よし、それなら今すぐに……」
「待てーーい!!」
しかしそうも上手くもいかない。
わたしたちの前に大きな壁が、竹取の翁が立ちはだかった。
とても、めんどくさいです!
わたしの脳裏に『強行突破』という言葉が浮かんだ。
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