第4話


「翁は……翁は、諦めんぞ!!
 カグヤが男だったとしても、カグヤが産んだ孫が欲しいんじゃ!」
「そこは諦めてください。 生物学的に」
 翁はわたしの忠告に耳を貸さない。
 悪代官レベルに上等な着物を着ているというのに、床に仰向けになって四肢をばたつかせた。
「やだやだやだー! 欲しいったら欲しいんじゃ!!
 ……そうだ、シシルーさん! お前さん確か魔女じゃったな!」
 さらっとネタバレした翁。
 あまり大きな声で言ってはいけないことではないのか、これは。
 シシルーは未だに茫然自失の状態で、翁の勢いに押されて条件反射のように頷いた。
「ええ……まあ、そうでしたかしら……」
「ならば、お前さんの力で、なんとかしてカグヤを女子にしてくれんか!?」
「それでしたら、あたくしよりも……
 良い整形外科のお医者様を知ってますけれど」
「なんでそこだけ、そんなにリアルなの!?」
 えぐさが五割増だ。 嫌過ぎるだろう。
 御伽の国の世界なのだから、せめて魔女らしく、魔法とかで何とでもして欲しいものである。
「カグヤ、ボケッとしてると、改造手術を施されるよ」
 立ちっぱなしが疲れたカグヤは、侍従に縁側まで座布団を用意させ、それに腰掛けていた。
「なんだ、それは? どういうことだ」
「肉を裂かれたり、剥ぎ取られたり、かと思いきや縫い付けられたりするよね」
 具体的に言うことはためらわれるため、抽象的に淀みなく言ってやると、カグヤは勢いよく立ち上がった。
「コンゼンリョコウに行って来る!!」
「逃がすか!!」
 翁は庭の飛び石のうち2つを同時に踏んだ。
 しかし何も起こらない。
「しまった!! 客が来るから今日は仕掛けを解除し取ったんじゃった!」
「がっはっは、ボケちまってるねぇ爺さん!
 そうだカグヤ、これを持っていけ!」
 竹取の嫗は荷物の中から小さな巾着を取り出し、カグヤに放った。
「あっちこっちで面白いもんを見つけて拾ってきた! 土産だ!」
「礼を言う!
 翁、嫗! 行ってくる!!」
「待てえぇ、翁の孫ー!!」
「がっはっは! ああ、行ってこい!」
 もちろん翁は無視して、カグヤは家を飛び出す。
 恨みがましい翁との対比がすさまじい。
 一年ぶりの再会だというのに、嫗は豪快に笑ってカグヤを送り出した。




 その頃、シシルーと彼女に人間に変身させられた求婚者5人は、先回りしてカグヤを待ち構えていた。
「カグヤが嫁に出ていれば、とっくの昔に竹中の財産はあたくしのものでしたのに……!
 よくもあたくしの玉の輿セレブ生活を……許すまじ!
 ここで亡き者にしてやりますわよ! くっくっく……」
「ええ〜、八つ当たりぃ〜。 逆恨みぃ〜。 ププッ」
 シシルーは腹の底から出したような声で鏡の縁を握り締めた。
「更にハーフサイズにしますわよ」
「黙りまーす」
 あっさり話が流されていたが、実はかなり堪えていたのだ。

「さあ、貴方たち、やっておしまいなさい!!」
 物陰に隠れた魔女に促され、人ならざるものたちは正体を半分ほど表した。
 ヒーローショーにでてきそうな安っぽい怪人たちは、カグヤへとに襲い掛かる。
「カボッ!」
「ゲラッ!」
「ヂュー!」
 最初に飛び掛かった3人は一瞬でのされた。
 怪人の魔法がとけて、それぞれ正体を現す。
 生き物二匹はたんこぶをこしらえ、南瓜にはひびが入っていた。
「馬鹿な!」
 物影に隠れて様子を伺っていたシシルーは忌ま忌ましげに舌打ちした。
 ぎりぎりと彼女の爪が鏡面に立てられる。
「カグヤがあれほどの使い手だなんて、聞いてませんわよ!?」
「痛い痛い! 爪食い込んでる!爪食い込んでる!」


 突然の怪人の襲撃に、カグヤは驚くほど冷静に対処した。
 カグヤはリーチの長い武器を持っており、一方五匹の怪人は、怪人とはいえ全員丸腰。
 状況だけ見れば、悪者はカグヤの方だ。
 わたしはまず、カグヤが武器を携帯していることに驚いていた。
「え、何その竿竹的ななにか」
「私の得物だ」
 箸より重いものは持てませんを地で行くようなカグヤが、まさかこれほどの使い手とは。
 思いもよらないことだ。
「どこから持ってきたの、それ」
「昔からあったから忘れた」
 その解答はありなのか。
 しかし、よく考えてみれば女子供も丸腰で深夜を徘徊できる日本の方が異常なのだ。
 一人旅で武器携帯は、この世界では常識なのだろう。
 カグヤがこんなに強いとは思わなかったが。
「私は救世主となる者だからな! これくらい当然だ!」
「救世主?」
 詳しく話を聞きたいところだが、今はまず謎の怪人を倒す時だ。
 それにしてもこの化け物たち、どこかで見たような気がする。
「げ、ゲキャー!」
 残った怪人のうち一人も、仲間の仇をうつために玉砕覚悟で牙を剥く。
 しかし攻撃が届く前にのされてしまった。
 カグヤは一瞬で間合いをつめると、棍のように竿竹を操り、強烈な一撃で腹を突いたのだ。
「ふっ、どうだ、私の実力は? 褒めてもいいぞ」
「うん、すごいよ。
 そんなに動きにくそうな服で、よく転ばないね」
「もっと他に感心するところがあるだろう!?」
 正直に言ったのに、我侭なやつだ。
 さて、残るは一人、ネズミ型怪人その2のみ。
 こちらは先に仲間を全てやられて警戒しているのか、なかなか仕掛けてこない。
 痺れを切らしたカグヤは自ら近づいた。
 窮鼠猫をかむというし、油断せずいきたいところ。
「カグヤ、気をつけてよ」
「こんなもの、私の相手ではない」
 気をつけてない。 ……いいか、怪我するのはわたしじゃないし。
 カグヤは怪人に竿竹の先を向けて啖呵をきる。
「さっさと道をあけろ、化け物!!
 目的は知らないが、いつ翁が来るか分からんのだぞ!」
「ああ、それで急いでたの」
 焦っていたのは、翁の追っ手を気にしていたためらしい。
 確かに、潔く諦めてくれる感じではなかった。
 カグヤはとっとと片を付けようとしたが、想定外のことが起きた。
「ハーッハッハッハッハッハ! カグヤよ!!」
「うわっ、喋った!!」
 カグヤは一瞬で5メートルほど怪人から離れた。
 チューとかカボーとしか喋れないと思っていた生き物が突然口を利いたら、それなりに驚くだろう。
「これが貴様の欲するものかね!? 笑止!」
 怪人が手に取り掲げたものは、珊瑚のように美しい枝だった。小さな玉が生っている。
「なんだ、それは?」
「あれって……」
 カグヤは首をかしげているが、あれは先ほど見たことがある。
 求婚者の度胸試しに持って来いと伝えた五つの秘宝のうちの一つ、蓬莱の玉の枝だ。
 そういえば怪人の服は、その枝を取ってきた求婚者と同じものだ。
「あれ……ひょっとして、あなたはさっきの求婚者?」
「なんだと!? そうなのか、お前!!」
「しかし求めよ、されば与えられん!」
 なんでこの世界は、人の話を聴かない奴ばかりなんだ。
「くれてやろう、受け取れェ!」
 怪人振りかぶってー、投げた! 暴投!
「くっ!!」
 カグヤは持ち前の運動神経よって回避。
 しかしブーメランの要領で戻ってきた、死角からの第二打には対応し切れなかった。
 かしゃかしゃん。
 もの凄くバッチリはまりましたという音と共に、頭に枝がくっついた。
 カグヤは慌てて取ろうとするが、びくともしない。
 頭に根を張っているかのような安定性である。
「と、取れないっ!!」
「まったく嘆かわしい!
 2P(セカンドプレイヤー)が、こんなもののために油を売っているとは!」
「またプレイヤー? そういえば、それって何のこと?」
「これを外せ、化け物!!」
 怪人がわたしの質問に答えるより早く、カグヤが怪人に攻撃を仕掛けた。 おまっ、会話邪魔すんな。
 しかしカグヤの竿竹は化け物の爪で防がれていた。
 先ほどの怪人よりは骨のある相手らしい。
「やめておきたまえよ! 貴様と俺には戦う理由がなァい!」
「お前になくとも、こちらにはある!」
 やる気十分のカグヤだったが、怪人に力で押し負けた。
「ハーハハハハ、愚か、愚かァ!!」
「ぐっ……」
 力で負けたカグヤは宙に浮いたが、すぐ体制を整えた。
「断言する!
 プレイヤーの加護もない貴様に、万に一つも勝ち目はなァい!」
「私にはプレイヤーが居る!」
「だからプレイヤーって何の話だ……って痛!」
 なんだか右手に違和感があると思ったら、いつの間にか小さく皮がめくれて傷が。
 手の怪我って、いつのまにか出来てるよね。
 ハンドクリームでも塗っておこうか。
「ああ、居るとも!
 ただしそのプレイヤーは貴様に手を貸す気がなァい! それだけの話だ!」
「何……!?」
「……うわっ、中指ささくれできてる……痛ぁ」
「ゆうううう!!
 お前なにをやっているんだぁ!?」
「えっ、何」
 ぜんぜん話きいてなかった。
「やれやれだ。 これではいつまでたっても人喰い鬼までたどり着かないね。
 フム、どうしようかね……」
「くらえっ!!」
「おっと」
 確実に怪人の頭部に当たると思われた一撃は、顔を掠るだけで終わった。
 しかし顔の表皮は障子紙のように簡単に剥ぎ取られて穴を開ける。
 顔にがっぽりと開いた大きな空洞。 私たちはそこに釘づけになった。
「顔に穴が!?」
 しかし怪人自体は何事もなかったかのように動いている。
 着ぐるみ? 着ぐるみなのか?
 どの道、あんなに大きな穴が開いていては、ただのハリボテだ。
「あーあ、中の人が見えちゃうよ……」
「中の人!? 何だそれは!?」
 怪人の中に入っている人について説明しようとした時、顔の穴から人間の手が出てきた。
「フム、ばれては仕方がないね」
 手袋をはめられた両手は穴の縁に手をかけると勢いよく左右に広がり、まるで紙工作のように怪人の体を引き裂く。
「中の人!? あれが中の人なのか!?」
「ああ、そうなんじゃない」
 ハリボテの中から現れたのはやはり人間だった。


 仰天しているのはゆう達だけではない。
 誰より驚いているのは怪人製作者であるシシルーだった。
「なんですの、あれは!?
 あんなもの、変身させた覚えはありませんわよ!?」
「知ーらない。 僕知ーらない」
「と、とにかくなんだか不味そうですわ。
 ここは戦略的撤退あるのみ!」
 シシルーは根城に逃げた。
「ようするに現場放棄だよね。
 まったくもう、ジャンルがジャンルなら巨大化爆破エンドだよ」
「おだまり!!おかしいですわね、確かにただのネズミを使ったのですけれど……」
 魔法の解けた一匹のネズミが足元にいたことなど、彼女は知る由もなかった。


 男は服についたハリボテのゴミを演技がかった仕草で払い落とした。着ぐるみを着つつ若々しい動きをしていたが、翁ほどではないものの高年だ。
 全身を包めるようなマント右目は長い銀の前髪に隠れ、左目は片眼鏡に隠れ。お前は眼球に自信がないのか?と問い詰めたくなるいでたちが、非常に印象的である。
 そして片眼鏡のチェーンは、左耳にのみぶら下がる大振りの耳飾りに繋がっていた。どれだけ片方であることに囚われてるんだ。両方でいいだろう。 頭の重心が傾くだろう。じじい頑張りすぎである。
「やばい……この人、やばいよ……」
「フハハハ! 2P、貴様は見る目があるではないかね。
 そうだ、俺はただびとではなァい!」
 なんとも都合よく、幸せな解釈してくれたらしい。
 男は上機嫌で、恭しい無駄なアクションを交えつつ自己紹介してくれた。
「俺の名はシルバーダスト……占星術師だ!」
「ゆう、占星術師とは何だ!?」
 色々考えたが、放置の方向で良いと思う。


戻る