「なんというか、奈嗄は特殊でね。五素を吸収し続けないといけないんだ」 「五素?」 「ようするに、この世界のものを摂取し続けなければいけないということだよ。それで一番手頃な方法が食事なんだ。あの子はいつも飢えているからね・・・まあ、お金はかかるだろうけど」 金の事を聞くなり、クロイツたちの顔色はずんと悪くなった。 塩と麦飯オンリーの日々は思い出したくもない。めずらしくヒガリは真面目に働こうと思った。 「まあ、食べたいだけ食べさせてやってくれないかな。体調を崩すことはないだろうから。ところでヒガリ、便利だと思わない?目がもう一つあったら」 「ハ?」 急すぎる話題転換についていけず、思わず守唖を凝視した。穏やかな雰囲気を崩すことなく、別の机に積んであった書類の山をドンとテーブルに置く。 「微妙な高さの棚の上も手をかざすだけで見えるし、自動販売機の下に落とした小銭も地面に這い蹲らずに楽に見つけられる。どう?便利だよね?」 「いや、まあ・・・便利なんじゃないの・・・かなー」 「そうだよね、便利だよね。ちなみこれは私が開発した人工眼球なんだけど(ドンッ)」 「ギャッ!?(キモ!!)」 「普通は視神経は眼球と脳をつないでいるんだけど、これは眼球単体を体のどこかに、また頭部に受信機を埋め込むことでなんと第三の目、第四の目を簡単に手に入れることが出来るんだ。コードレスってやつだね。本当は私が自分に施して試せばいいんだろうけれど眼球を埋め込むのはともかく、さすがに自分の頭を切って脳に装置を埋め込むのはリスクが大きすぎるというかさすがに昏睡状態だし無理があるんだよね。だから今ちょっとモニターを募集してるんだけどどう?やってみない?今なら好きな目の色を選べるよ。そうだなー、君は髪が綺麗な赤だから、補色の緑なんていいんじゃないかな?あ、もちろんお金は要らないよ。まあ手術後しばらくは入院してデータを取る傍ら安静にしててもらわないといけないけどね。なんだったら、おでこにサービスでもう一つ目を入れてあげてもいいよ。ただ、額に入れるのは脳細胞を押さなきゃいけないからどこかしこに障害が出る恐れがあるんだよね。だからちょっと小さめの目になっちゃうけどそれでもいいなら。あ、受信機はそんなに場所をとらないから大丈夫。頭皮を切り開いて頭蓋骨に受信機を乗せてあるプレートを埋め込んで釘で固定するだけだから。まあ坊主頭にでもしない限り目立たないし、寝る時も寝返りのときに邪魔にならない場所に入れるから。手術後はちょっと腫れるかもしれないけど、しばらくすればほぼ元通りまで落ち着くから心配は要らないよ。耐震性もばっちりだから、頭部を強打してもある程度は平気だし。むしろ頭割れる方が簡単なくらいだからアハハそれでさっそく手術の日程だけど、まず君の身体について色々データを出してからにしたいから、そうだなとりあえず一週間はその作業をして、そのデータをもとに埋め込むプレートに情報を書き込んで、まあ1ヶ月あれば余裕かな。だから手術日は実質一ヵ月後くらいになるけど何か不都合な予定があれば合わせられるから前もって」 ガコッという音がしたときにはもう守唖はそこには居なかった。というか、ソファごと消えていた。 相槌をいれることも許さないマシンガントークに呆然としていたヒガリたちは一瞬呆けたが、慌てて立ち上がれば、床が大きく口を開けているのに気付いた。ぽっかりと、守唖の座っていたソファーの部分だけ床が抜けていた。 いや、やけに綺麗な長方形に開いているところからみて、これは人為的なものだろう。と、いうことは。 「あらまあ、また随分無抵抗に落ちましたわねえ〜、マスター」 や っ ぱ り こ の 人 じ ゃ ん 。 「油断したよー。酷いなラールトー」 声小さい。どんだけ深いんだ。 「うふふ、それはそれですわ〜。だって、こうでもしないと改造スイッチの入ったマスターは止まらないのですもの〜。 いけませんわ〜。改造手術の無理強いはよして下さいと、奈嗄ちゃんに散々注意されたじゃありませんか〜」 「それはそうだけどねーえ」 「それに実験には普段いつだって付き合っていただいてるんですから、わざわざこんな時にやるということでようやく本当の意味の防犯グッズとしての真価が試されるというものですわ〜」 絶対今のが本音だ。 「え、えーとえーと、それじゃあ僕たちそろそろお暇させていただきやすね」 「あ、うん!そう!俺ら忙しいし!」 「あら、もうですの?どうぞもっとゆっくりしていってくださいな」 「いやいやいや、次の依頼もありやすし!」 「え?ウッソ、一ヶ月前からずっと暇「あーッだから!空気読め!今朝新しく入ったんですよ!!」 「あれ?お帰りでありますか?」 扉が開き、そこには洒落たトレイを持ったスピナが入ってきた。 「せっかくプリン用意したでありますのにー。ほら」 「え、プリン?」 「食いもんに釣られんな!!学習しろ!帰りやすよ! すいやせんけどホラ!あの本当!急いでるんで!ええ!」 「そうでありますか・・・残念でありますー」 「わたくしも残念ですわ〜。でもまたいらしてくださいね。いつでも歓迎いたしますから。ねえマスター?」 「そうだねー。二人とも、何もおもてなしできなくてすまないねー。そうだ、クロイツくん、君家事を全部引き受けてるんだって?凄く働きものなんだねー。どうだい、便利だと思わない?腕が6本あったr「「お邪魔しましたーっ!!」」 朗らかに3人に見送られながら、仕掛けられた罠を避けつつ、「二度と来ねえがな」という本音を胸に留め、二人の本拠地、林冴組へと急いだ。 「はー、死ぬかと思ったー・・・生きてるー良かったー」 「ほんっとに・・・・・あ、そういえば奈嗄さん、ご両親って言ってましたけど、実際はカミアさん、でしたっけ。ラルトさんが母親代わりみたいでしたけど、形式的な親はその方だけなんですね。何というか、特殊な人でしたけど・・・・綺麗なお兄さんでしたね」 「は?『お姉さん』だろ?」 「え?いやだって・・・胸無かったし」 「いや、それは人によりだろー?マイリもあの位だったような気ィするもん」 「誰ですか、それ」 「ってか、奈嗄に聞けばいんじゃねー?」 「・・・・それもそうですね・・・」 しかし、奈嗄に聞いても明瞭な答えを得ることはかなわなかった。 結局、どっちだったんだ。 ともかく、あの家には金輪際近寄らないことにしようと誓い合い、二人の間に同じ死線を潜り抜けた戦友のような、妙な友情が芽生えたのだった。 |