なんだか気まずくなったクロイツは湯気をあげるカップに口をつけた。猫舌気味なので、香りを楽しんで舌先で舐める程度だが。

「あ・・・なんだか珍しい香りの紅茶ですね。どこかの地方のものですか?」
「いいえ、普通のお茶ですわ〜。今日はずいぶん張り切ってらっしゃったので、スピナさんにお茶を淹れていただきましたの〜」
「ぐぇぶぁ〜」
「うあ、汚ねっ!!ちょっと!」

仕入れた情報により拒否反応を示したヒガリは、口に含んでいた紅茶をカップに戻した―というか、吐いた。マナーより身の安全を取った。

「ごっほ、ゲホっ・・・殺す気か!?」
「まさか、そんな心配は無用ですわ〜。スピナさんは節度をわきまえている方ですもの〜」
「うん。そうだとしても、死なない程度の威力だろうし平気だよ」

平気というより、兵器である。
全力で疑いのまなざしを送る二人に、守唖本人が紅茶を飲んで見せた。うん、ほら大丈夫大丈夫とにこにこ邪気のない表情で微笑んでみせる。
知らんぞ、遅効性でも。

だが、これは『飲んでも大丈夫』以前に、飲食物に何か混入しても死ななきゃいけるいける☆と言ってるようなものだ。
ためらいも無く飲み干す辺り、この状況になれている、またはこれが日常ということ。
つまり混入されているものについて耐性をもっていると見てほぼ間違いない。激しく信用できねえ。止めろよ師匠。

両者が醸し出すほのぼのとした空気とは裏腹に借金取りもびっくりのシビアな現状。ケジメに小指出せといっくる人たちと何が違うというのか。本質的に得体の知れないところが余計に馴染みにくい。何一家だ。

なんだかもう眩暈というか寒気というか、本当に帰りたくなった。急にあの門だけ立派な、さびれた一軒家に帰りたくなってきた。
もう何、ここの人たち。もう本当怖い。

・・・そういえば、出発前に奈嗄がこの家のものは極力口にするなと言っていた。てっきり、スピナ個人には気をつけろという意味だったかと思ったが、思わぬ誤算だった。
そういえば、いつの間にか姿を消していたが、まさかこんな・・・そうか・・あれはこういう意味・・・・。

金輪際ここのものを飲食したりしないと心に誓って、二人は何度目か分からない溜息をついた。

こんな環境で比較的常識の枠を出ない人間へと育つことが出来た奈嗄は―多少オカルト傾向にあるものの―案外正しい人物なのかもしれない。
普段は隣に並ぶとキャラ立ちし過ぎて消されそうになるけど。

「そういえば、奈嗄は一緒に来なかったんだね」
「あー、そうそう。ずりーよな。アイツだけなんか行きたくないとか「だーッ!アンタもう黙ってろや!」

へいへいとヒガリは不満そうに一瞬茶請けに手を伸ばそうとして、なるべく自然に手を引っ込めた。
食べ物が視界にあると危険だ。なるべく視界に入らないように、ふいと顔を逸らした。

「ああ・・・ふふふ。やっぱりそうなんだ。相変わらず元気そうだね、あの子も」
「奈嗄ちゃんは恥ずかしがり屋さんですから〜」
「いや、恥ずかしいというか、そーゆー・・・・」
「今日はきてくれて本当にありがとう。君たちに会えて嬉しいよ」

急に話題が変わった。
相変わらず穏やかな雰囲気を纏っているものの、なんだか声色が先程より数段真剣みを帯びていて、相槌を打ちにくい。

「彼は、ちょっと特殊だからね。正直、一人暮らしをさせるのは不安だったんだ。ふふ、また過保護といわれるかもしれないね」

そうですわね、とラルトも苦笑した。
一人暮らし?と疑問が浮かんでヒガリがクロイツを見れば、最初から奈嗄のところで働いていたのではないと完結に答えた。

「それより、あの守唖さん・・・特殊、というと?」
「だって、あの子はよく食べるだろう?」
「え?ええ、それは・・・でも、不思議と体を壊すことは無いからいいんですけど」
「その癖、太んないしなー。
・・・そういや、どっちかっつーと、やつれてるようなとき多いな」

そこだ、とクロイツは眉を寄せた。

「あの・・・実は、ひょっとしたら奈嗄さんに拒食症のケがあって、食べた後に全部戻しちまってんじゃねえかと以前は思ってたんです。
けど、そんな様子もねえんで・・・まあ、人より多く食べる人なんだと割り切っちゃいやしたけど・・・」

守唖は小さな溜息とともにひとつ頷いた。

「そうだろうね。拒食症とか過食症とは、ちょっと違うんだ。
・・・やっぱり、聞いてないんだね。本当は本人の口から言ってもらうのが一番いいんだろうけど、あの子はきっと言わないんだろうな・・・」

そう言ってやや顔を伏せ、眼鏡をかけ直す。
奈嗄がすらすら話したら、こんな感じの口調かもしれないとヒガリはぼんやり思った。

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